「ことば」に縛られなくていいのだ(*ˊᵕˋ*)

 

こんばんは!

いちです(*ˊᵕˋ*)

 

 

先日こんな本を読みました。

 

内田樹さんの、『寝ながら学べる構造主義』

 

 

中でも興味深かったのが、

「ことば」で表される抽象的な概念についての、こんな一文。

 

「概念があるから、ことばがある。

逆に言えば、ことばが無いということは概念が無いということである。」

 

むむむ…このままではよく分からないですね( ´•д•` )💦

 

例えば、

「心臓」は、具体的に存在していてる臓器に名前が付けられたものです。

でも、

「真心」とか、「心から〜」みたいな意味合いで使われる抽象的な「こころ」は、目に見えないし、物体として存在はしていないですよね。

 

つまり、この「こころ」は、こうして名前が付けられて共有される概念だからこそ我々は認識できるのです。

この概念が無ければ「こころ」ということばは無かったし、逆にその概念が無ければ、「こころ」ということばは無い(認識されない?)、という関係なのです。

↑間違えてたら申し訳ないのですが、私はそう解釈しました…💦

 

 

本の趣旨からは逸れますが…

そこから、私は、

 

世の中にたくさんある概念は、こうして名称が付けられることによって一般化されますが、

でも、例えば個人の気持ちであったり、考え、思考などは、社会によって一般化された概念(ことば)に押し込めなくても良いのでは?と考えたりしました。

 

もちろん、名称が持つ意味の枠組みに当てはめることで、モヤモヤしていた考えが、スッキリした!となるプラスの場合もありますが、

自分の感性や価値観に従って、「ことばでは上手く表現出来ないけど、こんな感じ〜」のような、他者にとっては曖昧だけど、自分だけが感じられる/ 理解できる領域があってもいいと私は思うのです。

 

 

えーと…

つまり何が言いたいかともうしますと、

 

もしも貴女が、私と過ごしてくださる時間の中で、

うまくことばに出来ない…

だから表現できない、伝えられない…

と悩まれることがあったとしても、

不安に思ったりしないでくださいっ!!

ということです☺️

 

私は、貴女の「ことば」だけでなく、表情だったり視線だったり、空気感や振る舞い、あるいは触れ合ったお肌や吐息からも、

私が感じられる貴女のすべてから、貴女の気持ちを汲み取りたいなと思って、貴女のそばにいます。

 

だから、上手く話せないかもしれない… みたいに「ことば」に縛られないで、

思いきって私に飛び込んでみてくださいね((つ´∀`(∀` * ))キ"ュッ♪

 

 

いち