『母の日』
なんとなく折り紙がしたくなったので、スーパーのチラシを正方形に千切って折り鶴を折っていたのですが、自分が鶴以外の折り紙の折り方を知らないということを今日初めて知りました。
これぞ『無知の知』の境地。
これぞ『無知の知』の境地。
そういえば、今年の母の日……母の日?のプレゼントは、日頃の感謝を込めて、なにやら可愛いお吸い物&スープの詰め合わせにしてみました。


価値観や相性、愛情の大きさや方向がこう→←お互いに向き合っている、恋愛でいうところの所謂『両思い』でいられる人の存在は貴重です。
なぜなら、そういう存在に巡り合うためには、自力ではコントロールできない『縁』や『運』という力が必要だから。
なので、そういう存在に巡り会えたということ自体が奇跡に近く、非常に有り難いことであると思います。
友だちや恋人は自分の力で作れるし、自分の意思で選ぶ事もできます。
しかし、親が子供を選べないように、子供も親を選ぶ事はできません。
つまり、家族が必ずそういう存在であるとは限らないのです。
家族、親、血縁。
これらは、ある人にとってはとても大切で尊いものだろうし、ある人にとっては忌まわしい呪縛でしかないかもしれない。
私は幼い頃から、心のどこかで「いくら家族でも所詮は他人」と思っていたし、その点については今でも考えることがあります。
でも今は、祖母と亡き祖父の元で育ててもらったこと。
何よりも二人のいる家庭に生まれて、二人と巡り会えたこと。
ありきたりな言葉ですが、本当に良かった、私は幸運であったと思います。
親に対して『恩も情もある』のであれば、それはとても幸せなことだし『恩も情もない』のなら、自分の心と上手に折り合いさえつけられれば、それも仕方がないことだと諦めもつくかもしれないけれど『恩はあるけれど情はない』という状態が、個人的には一番つらいかな、と。
最近は色々なしがらみもあったり、よく分からない悪意?笑 を向けられたり、これからの事を考えたりと、盛り沢山の日々でした。
このタイミングでの母の日は、少し立ち止まって、どうでもいいもの、見失ってはいけないもの、大切にすべきものを、篩に掛ける良い機会でした。
私を大切に思ってくれる人を、大切にする。
とりあえず、それだけは必ず心に留めておこうと思います。
あまりたくさんピン止めをしてしまうと、心が摩耗してしまうからね。
さて!
眠くなったので、そろそろお布団に入ります。
おやすみなさい、どなた様も良い夢を。
リサ